セントルイスの説明
セントルイス (St.Louis)は、アメリカ合衆国ミズーリ州東部、ミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する商工業都市。人口は348,189人(2000年国勢調査)。都市圏(MSA)の人口は2,698,672人で全米18位。広域都市圏(CSA)の人口は2,754,328人(いずれも2000年国勢調査)である。 人口と産業の郊外流出が目立ち、全米有数の犯罪都市としても有名である。
歴史
繁栄
1764年にフランス人が毛皮の取引所を設け、ルイ9世(聖王)に因んでサン=ルイ(Saint-Louis:英語ではセント=ルイス)と命名。対岸のイーストセントルイス市とともに、ミズーリ、ミシシッピの水運を生かした水上交通の要衝として発展。1904年には万国博覧会が開催され、その併設イベントとしてアメリカ大陸で初めてセントルイスオリンピックが開催され、アメリカにおける地位と注目を高める。
その後、鉄道網の発達により水運は衰退、地位を落とすが、シカゴと並ぶ鉄道のハブとして鉄道関連の産業が発達、自動車の大衆化に合わせアメリカの東西を結ぶルート66の通過地となり、さらに自動車製造大手のクライスラーが主要工場を構えるなど、デトロイト市に次ぐ自動車工業都市として繁栄した。
他にも「バドワイザー」で有名なアンハイザー・ブッシュ社、航空機大手マクドネル・ダグラス(現ボーイング傘下)や化学薬品大手のモンサントの本社や、トランス・ワールド航空のハブも置かれた他、中西部きっての名門私立大学であるワシントン大学や連邦準備銀行が置かれるなど、一帯の商業、経済中枢として最盛期には90万人近い人口を数えた。
空洞化
しかし、1970年代以降に市街地老朽化と産業不振により治安、環境が悪化、急激な人口流出が始まった。市は中心部の再開発に乗り出し、近年は都市圏全体での人口は回復基調にあるものの、依然として市街地の空洞化が問題となっている。西郊の高級住宅地を除いて犯罪発生率は高く、モーガン・クイットノー社(Morgan Quitno)[1]の調査ではデトロイトと並んで「全米の危険な都市」ランキングのワースト3常連である。2002年・2006年の調査ではワースト1であった。ミシシッピ川の対岸で、空洞化が極端に進み荒廃したイリノイ州側のイーストセントルイス市はさらに危険である(下記注)。
歴史的に、セントルイス市南部が主に裕福な白人中心のコミュニティなのに対して、セントルイス市北部は主にアフリカ系アメリカ人の住民が多い。一帯はノース・カウンティ(North County)と呼ばれ、スラム化が進行している。近年では北部の人口が減少し、アフリカ系アメリカ人が南部や周囲の町に移住するなど、人種構成に変化がおきている。イーストセントルイス市においては人口の97%がアフリカ系であり、全米で最もアフリカ系アメリカ人人口比率の高い都市のひとつとなっている。
(注)モーガン・クイットノー社の発表する危険度ランキングは連邦捜査局(FBI)のデータを基にして算出している。イリノイ州警察の提出するデータがFBIに準拠していないため、イリノイ州の都市はランキングには含まれていない。また、同社のランキングは人口75,000人以上の都市のみを対象としている。このような理由によりイーストセントルイス市はランキングには入っていないが、その犯罪率はセントルイス市を凌ぎ、セントルイス大都市圏のみならず、全米でも最悪の水準である。